文字サイズ

 

 

何かへんじゃ(ブログ)

2020/04/26 築切り土手の文献

2020/04/23 東 か ら 見 た 天守 閣

( 明 治 初 期 頃 の 撮  影  と  言  わ  れ  る  古  写  真 ) 

2代当主勝俊時代造られ当時(下屋敷)と言われ右端の櫓は涼櫓(納櫓)と言われて居た・・左端に鏡櫓残っている・・明治10~12年頃の古写真。

2020/04/12 徳川家康と水野忠重との関係

 この絵図から読み取られる徳川家康と水野忠重との関係

この画像は徳川家康の側近に水野勝成の親(水野忠重)が家康の右隣に位置し余程の信頼関係にあったと思われる、従って勝成と20歳違う従兄弟関係に当たる、徳川家と水野家の信頼関係を改めて見直したいものである・・・。

(この画像はPC加工により分かりやすく加工したものです)  賢忠寺蔵

 


2020/04/06 神辺城の存在

神辺城一番櫓と明石城巽櫓の似てる理由・・・?

神辺城一番櫓

2020/04/03 神辺郡志

子場家文書・福山城開基覚・神辺郡志 三つの文献の中 (神辺郡志) を説明・・・

神辺部紅葉山道上の城に入る時に勝成五十六に至るにこの城北向きに成る故心に叶わず以て神辺城を破却し福山に築城し此れに移る・・・。

 

2020/04/01 福山城入江風景

模型福山城と明治初期の古写真 との合成 (入江風景)

今の天下橋から見たイメージが明治初期にはきっとこんなイメージで見えたと思います・・・。

2020/04/01 水野勝成の生誕地

水野勝成の生誕地は刈谷・岡崎では無く碧南市であった・・・。

定説によれば水野勝成の生誕地は刈谷・岡崎では無く碧南市であった、昨年碧南市役所教育長を訪問し文献を見つけられて本を書かれた林原氏を紹介してもらい約2時間話を聞く事が出来ました、そして生誕地の証拠確認が取れそれを纏めてそれをこの度紹介します。

2020/03/31 穴の海の真実

菅茶山が描いた穴の海の地図を貴方は信じますか・・・? 

菅茶山が描いた描いた地図には神辺一帯と福山が連結し海の様子が伺える・・後に沼隈郡志では範囲が広がり府中の奥 父石が表現され地名が多く加えられている・・地図の中に太古の昔の表現がある、そこで地図の中に描かれている父石の海抜を調べたら50.9m・・これが事実ならば神辺の歴史・福山の歴史神辺吉野山公園34.3m・福山城本丸22.0m明王院18.6mこれらの歴史が全てがなくなるそれでも貴方は信じますか・・・?